近年、日本は高齢化によって、認知症患者の割合が急増しており、認知症対策に向けた様々な研究・調査が行われています。
その中で、多くの注目を集めている認知症に関する研究が、「久山町(ひさやまちょう)研究」です。
本記事では、「久山町研究」が始まった経緯や、これまでに分かっている研究成果についてわかりやすく解説していきます。
また、久山町研究で明らかになった認知症の予防策をご自身の実生活でも役立ててみてください。
<参考文献>
清原裕『わが国における認知症の実態と予防―久山町研究からのメッセージ』
久山町研究とは
久山町研究とは、1961年から福岡県久山町の住民約9,000人を対象に行われている大規模な疫学調査です。
日本国内でも代表的なコホート研究の一つとして知られています。
疫学調査
ある地域や集団を対象として、病気がどれぐらいの頻度で起こり、何がその病気の発生に影響を及ぼすのかを、統計を使って調査・研究すること。
目標としては、病気の実態を明らかにすることで、その予防につなげていくことである。
コホート研究
ある特定の集団(コホート)を時間を追って観察し、特定の要素(例えば生活習慣や環境因子など)と健康状態や疾病の発生との関連性を調べる疫学研究の一種。
例えば、喫煙習慣のある人たちの集団と喫煙習慣のない人たちの集団を比較して観察することで、将来的にそれらの集団間で死亡率や健康状態の変化にどの程度の変化が起こるのかを追跡調査する。
現在、久山町研究では、脳卒中・心疾患・がん・高血圧・糖尿病・認知症などの生活習慣病を中心に調査・研究を行い、その予防法や健康管理法を明らかにしています。
なぜ久山町研究は始まったのか
久山町研究は、1961年に九州大学医学部の勝木司馬之助教授が当時の日本の死亡統計に不信感を抱いたことから始まりました。
当時、日本は脳卒中による死亡率が世界第1位であり、その中でも脳出血による死亡率が世界と比較しても極めて高かったことから、「誤診」なのではないのかという声が上がっていました。
しかし、1960年代には脳卒中の実態に関する科学的証拠が無く、その日本における脳卒中の実態を正確に把握するために、久山町研究が開始されました。
日本全国の市町村の中でも、久山町住民は全国平均とほぼ同じ年齢・職業分布を持っており、偏りのほとんどない平均的な日本人集団であるため、調査対象として久山町が選ばれました。
調査から60年以上経過した現在でも、久山町の年齢構成と職業分布は日本全国のものと近似しており、久山町の研究成果を日本全国に応用しやすくなっています。
久山町研究の特徴とは
なぜ久山町研究が多くの注目を集めているのでしょうか?
久山町研究には次のような特徴があります。
- 全住民を対象(40歳以上)
- 前向きの追跡(コホート)研究
- 研究スタッフによる健診・往診
- 剖検率(80%)
- 受診率(75%)と追跡率(99%以上)
全住民を対象(40歳以上)
40歳以上の全住民を対象に、5年ごとに一斉検診を行っています。
定期的に新たな集団を形成し調査することで、時代推移に伴う変化にもしっかりと対応しながら追跡調査をすることができています。
前向きの追跡(コホート)研究
コホート研究には、前向きなものと後ろ向きなものがあり、久山町研究のような特定の集団を追跡研究することを「前向きの追跡(コホート)研究」といいます。
前向きコホート研究:現在の時間から将来にかけて特定の集団を追跡し続けるタイプの研究。
後向きコホート研究:過去のデータを用いて、特定の集団の過去の健康状態や疾病発生を調べるタイプの研究。
研究スタッフによる健診・往診
健診だけでなく、研究スタッフが直接自宅へ訪問して往診することもあります。
直接的なコミュニケーション機会の多さにより、研究スタッフと住民のあいだに深い信頼関係が築かれ、住民の研究に対する貢献意欲の高さにつながっています。
剖検率(80%)
剖検(ぼうけん)とは、亡くなられた方の遺体を解剖して調べることです。
久山町研究では、この剖検率が80%という異例の高さを誇っており、高い精度での死因解明が可能となっています。
受診率(75%)と追跡率(99%以上)
75%の受診率と99%以上の追跡率により、50年以上にわたって精度の高い追跡調査を行うことができており、住民の健康状態をより正確に調査することを可能にしています。
これまでの久山町研究から分かったこと
久山町研究では、50年にわたる追跡調査から、認知症に関する様々なことが明らかになってきました。
その中でも、7つの代表的な以下の研究結果をご紹介します。
- アルツハイマー型認知症の大幅な増加
- 2040年頃には、高齢者の4人に1人が認知症になる
- 糖尿病と共に認知症が増加
- 40歳~64歳で高血圧の人は脳血管性認知症の発症リスクが高まる
- 喫煙はアルツハイマー型・脳血管性認知症の発症リスクを高める
- 運動は認知症の予防に効果的
- 認知症予防には野菜豊富な和食と乳製品
アルツハイマー型認知症の大幅な増加
1985年〜2012年までの認知症有病率に関する調査によると、血管性認知症とその他の認知症には時代的な変化は見られなかったのですが、アルツハイマー型認知症の割合だけは急増していることが分かりました。
2040年頃には、高齢者の4人に1人が認知症になる
久山町の認知症有病率のデータから、日本の認知症患者の将来的な人数を推測したところ、2040年頃には、認知症患者の数が約1,000万人に達するとされています。
2040年頃には、日本の人口が1億人まで減少し、高齢者数も3920万人まで増加すると予想されていることから高齢者の4人に1人が認知症を発症すると予測されています。
糖尿病と共に認知症が増加
1961年から2002年の間に、糖尿病患者は男性が11.6%→54.5%、女性が4.8%→35.5%まで上昇しました。
この糖尿病患者の急増が、認知症患者の増加の主な要因であると考えられています。
40歳~64歳で高血圧の人は脳血管性認知症の発症リスクが高まる
中年期(40歳~64歳)と老年期(65歳~)の男女を対象とした追跡調査によると、中年期の高血圧は、老年期の高血圧と比べて、脳血管性認知症を発症しやすいということが分かっています。
一方で、アルツハイマー型認知症に関しては、中年期と老年期共に明らかな関連性はみられませんでした。
喫煙はアルツハイマー型・脳血管性認知症の発症リスクを高める
生涯にわたって喫煙をしなかった集団と中年期から老年期にかけて喫煙をしていた集団を追跡調査しました。
喫煙をしていた集団は、そうでない集団に比べて、アルツハイマー型認知症の発症リスクが2倍、脳血管性認知症の発症リスクが2.9倍になるということが分かりました。
ただし、老年期から禁煙をすることで、発症リスクを低下させることも可能であることが分かっています。
運動は認知症の予防に効果的
運動はアルツハイマー型認知症の発症リスクを低下させることが報告されています。
また、海外の調査結果を加えた分析によると、運動をすることでアルツハイマー型認知症のリスクが45%も低下することが報告されています。
認知症予防には野菜豊富な和食と乳製品
主食(米)の摂取量が少なく、野菜豊富な和食と牛乳やチーズなどの乳製品がすべての認知症の発症リスクを低下させることが報告されています。
認知症予防のための食事に多く含まれているものとしては、野菜と乳製品以外に「イモ類、大豆製品、魚」などがあります。
一方で、米や酒類の摂取量は少ない方が良いとされています。
まとめ:久山町研究から学ぶ認知症の予防
久山町研究は、長年にわたって、認知症を含む多くの疾病や健康問題の実態を明らかにしてきました。
また、久山町の認知症に関する研究結果は、日本全体における認知症予防策に大きな貢献をしています。
今回ご紹介した認知症予防に効果的な運動や食事パターンは、簡単に始めることができるので、普段の日常生活でも意識的に取り入れてみることをおすすめします。
認知症は早期発見と定期的なセルフチェックが重要
これらの運動や健康的な食事に加えて、定期的な認知機能検査も認知症予防には重要です。
認知症は早期に発見することで、その進行を遅らせられる可能性がある病気です。
そして、早期発見には定期的に自身の認知機能の状態変化を把握することが重要になります。
MCI段階で発見すれば進行を抑制できる
認知症の一歩前の段階にMCI(軽度認知障害)という状態があります。
物忘れなど認知症に見られる症状が出ているものの、その程度は軽く周囲に影響を及ぼすほどではない状態です。
しかし、軽度とはいえMCIを放置すると、その中の約1割の方は1年以内に認知症を発症すると言われています。一方で、もしMCI段階で適切な治療を施すことができれば、健常な認知機能まで回復する可能性が14〜44%もあるとされています。
つまり、認知症を深刻化させないためには、少しの認知機能の変化に気づき、適切に対応することが有用であると考えられます。
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