認知症の抗精神病薬とは?種類やリスク、治療段階について解説

 

抗精神病薬は、一般的に精神病(統合失調症や双極性障害等)の治療薬として使用されています。

そして、抗精神病薬が認知症の治療にも使用されることがあることはご存知でしたでしょうか。

 

この記事では、厚生労働省による向精神薬ガイドラインなどを参考に、認知症治療における抗精神病薬の使用について解説します。

 

出典:BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第2版)

 

抗精神病薬が認知症のBPSD症状に効果的

認知症は、認知機能が徐々に低下し、日常生活に支障をきたす病気の総称です。

 

認知症の症状は、中核症状とBPSD症状の二つに大きく分類されています。特に、認知症患者の介護者や親族を悩ますのはBPSD症状への対応です。

 

BPSD症状は「Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia」の略語で、認知機能の低下によって引き起こされる行動・心理症状とされています。

 

うつ状態、暴言、妄想睡眠障害など、患者と周囲の人に精神的な負担をかける症状があるとされています。

 

これらのBPSD症状の薬物治療の一つとして「抗精神病薬」が使用されます。

 

具体的には、以下のBPSD症状に抗精神病薬が効果的だと考えられています。

 

幻覚

妄想

焦燥性興奮

不安感

攻撃的な行動

 

アメリカ国立医学図書館によると、これらの精神病症状は認知症患者の約34~63%に見られるとされています。

 

以上のBPSD症状が非薬物療法だけでは対処できない場合、抗精神病薬の処方が検討されるようです。

 

出典:The frequency of psychotic symptoms in types of dementia: a systematic review

 

認知症の抗精神病薬の治療段階

認知症患者への抗精神病薬投与には、いくつかの治療段階が設けられています。

 

初めに、医師は患者およびその親族との問診を通じて、症状や既往症などを確認します。

 

次に、患者に適した抗精神病薬を低用量で処方し、2週間にわたってその薬剤の効果を評価するとされています。

 

この期間中には、症状の変化や副作用を観察し、その情報を基に薬剤の用量を調整します。

 

しかし、副作用が強い場合や薬剤が患者の日常生活に支障をきたす場合は、用量の減少または中止が検討されるようです。

 

さらに、抗精神病薬の投与に加え、非薬物療法も行い、患者の日常生活の質の向上を目指すとされています。

 

これらの治療段階を踏まえ、医療機関では認知症に伴う幻覚や妄想などの症状に対して慎重に治療を進めているとされています。

 

認知症の抗精神病薬の種類

認知症の抗精神病薬は主に非定型抗精神病薬(第二世代の抗精神病薬)が処方されます。

 

非定型抗精神病薬は、ドーパミン受容体とセロトニン受容体を遮断する作用があるとされています。

 

定型抗精神病薬(第一世代の抗精神病薬)より副作用の出現率が低く、有効性も高いと考えられています。

 

本来、非定型抗精神病薬は統合失調症の薬であるため、認知症患者にはより少ない量で処方されるようです。

 

認知症の治療に投与されている非定型抗精神病薬は、アリピプラゾールリスペリドンクエチアピンオランザピンの四つが挙げられます。

 

成分 製品名 対象のBPSD症状 副作用 注意点 効果
アリピプラゾール エビリファイ 幻覚・妄想

焦燥性興奮

不安感

攻撃的な行動

落ち着きのなさ、体重増加、振戦(ふるえ)、唾液の増加等 高血糖または糖尿病の患者は注意。
鎮静・催眠作用あり。
リスペリドン リスパダール 抗錐体外症状、低血圧、高プロラクチン血症、不眠、体重増加等 パーキンソン症状がある患者は注意。
クエチアピン セロクエル
ビプレッソ
低血圧、頭痛、体重増加、白内障等 高血糖または糖尿病の患者は禁忌。
鎮静・催眠作用あり。
レビー小体型認知症患者も服用可。
オランザピン ジプレキサ 体重増加、低血圧、発作、高血糖等 高血糖または糖尿病の患者は禁忌。
鎮静・催眠作用あり。
レビー小体型認知症患者も服用可。

 

出典:The Use of Risperidone in Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia: A Review of Pharmacology, Clinical Evidence, Regulatory Approvals, and Off-Label Use

出典:Use of Atypical Antipsychotic Drugs in Patients with Dementia

 

新薬「ブレクスピプラゾール」について

また、新薬「ブレクスピプラゾール」も認知症治療の抗精神病薬としての使用が検討されています。

 

ブレクスピプラゾールは、2023年5月にFDAによって新たに承認された、統合失調症およびアルツハイマー型認知症治療用の抗精神病薬です。

 

この薬は、アルツハイマー型認知症における焦燥性興奮の症状に特に効果的で、副作用や注意点において従来の非典型抗精神病薬と多くの共通点があるとされています。

 

日本では、大塚製薬がブレクスピプラゾールの効能に関する申請手続きを進めています。

 

ただし、FDAがブレクスピプラゾールを正式に承認したものの、外部の研究者たちからは安全性に関する懸念が提起されています。

 

英国の学術誌に掲載された研究によると、ブレクスピプラゾールの有効性についてはまだ十分な証拠が得られておらず、65歳以上の高齢者における死亡リスクの増加の可能性が指摘されています。

 

出典:How the FDA approved an antipsychotic that failed to show a meaningful benefit but raised the risk of death

 

認知症の治療における抗精神病薬のリスク

BPSD症状の改善は抗精神病薬によって期待できますが、以下のような重大なリスクが伴います。

 

抗精神病薬は悪性症候群脳卒中のリスクを増加させたり、患者が転倒しやすくなることが指摘されています。

 

悪性症候群は、抗精神病薬の稀ながら重大な副作用であり、筋肉の硬直や自律神経と意識の異常を引き起こす生命を脅かす反応とされています。

 

さらに、認知症患者が抗精神病薬を服用すると、死亡率が増加することが多くの研究で示されています。

 

アメリカ食品医薬品局(FDA)の調査によると、アリピプラゾールを服用した認知症患者は、服用していない患者に比べて死亡率が1.6~1.7倍高いと報告されています。

 

また、英国の研究者たちによると、オランザピンやリスペリドンが処方された認知症患者は、処方されていない患者よりも死亡率が高いとされています。

 

このため、医師は認知症患者やその家族と協力して、上記のリスクを十分に考慮した上で、抗精神病薬の治療を決定する必要があります。

 

出典:FDA warns about using antipsychotic drugs for dementia

出典:Associated mortality risk of atypical antipsychotic medication in individuals with dementia

 

認知症のBPSD症状に対する他の治療法

患者によっては抗精神病薬が適合しない場合や、リスクが重大であるため、他の治療法の検討することがあります。

 

認知症のBPSD症状に対する抗精神病薬以外の治療法には、以下のようなものがあります。

 

薬物療法

認知症のBPSD症状に対して、抗認知症薬抗うつ薬抗不安薬睡眠薬も処方されることがあります。

 

抗認知症薬は、認知機能障害の治療に用いられ、日本では最も一般的な認知症の治療薬とされています。

 

認知機能障害を改善することにより、BPSD症状の軽減も期待できると考えられています。

 

抗うつ病薬と抗不安薬はそれぞれうつ状態、不安感を改善する効果があるとされています。

 

抗うつ病薬は、コリン分解酵素阻害薬(認知症治療薬)によるうつ症状の改善がみられない場合に処方されるようです。

 

睡眠薬は、入眠障害や不眠症などの睡眠障害が顕著にみられる認知症患者に処方されます。

 

これらの薬物治療は、生活習慣や環境の改善を試みた上で、十分な変化が見られない場合に検討されることが一般的だと言われています。

 

非薬物療法

抗精神病薬の使用に加えて、非薬物療法の積極的な実施が推奨されています。

 

BPSD(行動心理症状)に対して特に効果的とされる非薬物療法には、回想療法運動療法脳を活性化させる活動音楽療法コミュニケーション療法などが含まれます。

 

非薬物療法は、薬物療法に比べて副作用が少なく、多種多様な選択肢があります。

 

患者の個々の状況に合った療法を選択し、安全に施行することができます。

 

最後に

認知症は一度発症すると、末期まで進行し続ける病気とされています。

 

抗精神病薬などの薬物療法で、認知症の症状を和らげることは可能ですが、認知症の根本的な治療法にはなりません。

 

また、抗精神病薬の服用は、命に関わるリスクを伴うため、適切な予防対策を心がけることが大切です。

 

認知症は早期発見と定期的なセルフチェックが重要

認知症は、早期に発見して適切な介入・治療を施すことで、その進行を遅らせられる可能性のある病気とされています。

 

そして、早期発見には定期的に自身の認知機能の状態変化を把握することが重要になります。

 

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MCI段階で発見すれば進行を抑制できる

認知症の一歩前の段階にMCI(軽度認知障害)という状態があります。

物忘れなど認知症に見られる症状が出ているものの、その程度は軽く周囲に影響を及ぼすほどではない状態です。

 

しかし、軽度とはいえMCIを放置すると、その中の約1割の方は1年以内に認知症を発症すると言われています。

 

一方で、もしMCI段階で適切な治療を施すことができれば、健常な認知機能まで回復する可能性が14〜44%もあるとされています。

 

つまり、認知症を深刻化させないためには、少しの認知機能の変化に気づき、適切に対応することが有用であると考えられます。

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