認知症を発症して記憶力が低下していくと、お金や通帳の保管場所を忘れたり、お金の計算が困難になります。
さらに、判断能力の低下によって詐欺被害に遭いやすくなり、家族が知らないうちに借金を抱えるなどのお金のトラブルに巻き込まれる可能性もあります。
この記事では、認知症に関連した金銭管理のトラブルの具体例とそうしたトラブルに遭わないための対策を解説します。
認知症患者はお金の管理でトラブルになりやすい
認知症を発症すると、記憶力や注意力、判断力が低下するため、お金の管理でトラブルが起こりやすくなります。
たとえば、お金を支払ったことや銀行口座から引き落とししたことを忘れ、家族が気づいた時にはお金がないという状況が起こることがあります。
では、具体的なお金のトラブルをみていきましょう。
お金・通帳・キャッシュカードをなくす
認知症の主な症状として、記憶力や注意力などの低下が挙げられます。
記憶力が低下するとお金や通帳、キャッシュカードの保管場所がわからなくなり、保管したこと自体も忘れてしまうことがあります。
また、注意力が低下することで物のしまい忘れや置き忘れが起き、外出先で紛失してしまう症状も見られることもあります。
「家族がお金を盗んだ」と言われる
認知症を発症すると、被害妄想の症状が表れる場合があります。
被害妄想の1つである「もの盗られ妄想」という症状は、例えば認知症患者が自分のお金や通帳の保管場所を忘れてしまった時に、自分自身の記憶障害を認めたくないという気持ちが働くと、その結果として「家族や他の誰かが盗んだ」となってしまうことをいいます。
さらに、認知症患者は感情のコントロールが困難になるため、些細なことでイライラしたり攻撃的な態度を取る症状も見られます。
気がついたら多額の借金がある
認知症は記憶力に加えて判断力も低下します。
判断力が低下することで正確な金銭感覚を失い、浪費してしまう可能性もあります。
さらに、判断力を失うことで巧妙な詐欺であることに気づかずに被害に遭う可能性も高まります。
お金の計算ができない
認知症発症により計算力も低下するため、お金の計算もできなくなってしまいます。
たとえば、お買い物で支払いの際に簡単な足し算もできずにいつも1万円札を出して支払ったり、小銭の出し方が分からずに財布が小銭でいっぱいになったりというケースがあります。
理解しておきたい成年後見制度とは
認知症患者のお金の管理においては、上述のようなさまざまなトラブルが起こりやすくなります。
そのようなトラブルに対処できるように、認知症患者を保護するための成年後見制度が整備されています。
成年後見制度とは、認知症や精神障害などにより正常な判断ができない方を保護する制度です。
認知症患者の代わりに法律行為を行う後見人(代理人)を決定し、不動産売買や相続手続きなどを行ってもらいます。
2つの成年後見制度
そんな成年後見制度には、法定後見制度と任意後見制度の2種類があります。
法定後見制度は、認知症の発症後に家庭裁判所が法定後見人を決定する制度です。
認知症を発症すると正しい判断ができず、適切な後見人を決定できないと考えられるため、家庭裁判所が代わりに決めます。
認知症患者の判断能力によって法廷後見人は、後見、保佐、補助の3種類に分かれ、それぞれ後見人に与えられる代理権の範囲が異なります。
対する任意後見人制度は、認知症を発症する前に本人で任意後見人を決められる制度です。
本人の判断能力が正常な状態で任意後見人を決定し、認知症を発症した場合に任意後見人が代わりに法律行為を行います。
任意後見人制度は、後見人の権限や契約内容を記載した公正証書を作成し、判断能力の低下後に家庭裁判所で申し立てする必要があります。
なぜ後見人が必要なのか
後見人制度は、認知症患者のように正常な判断ができない人を保護する目的があります。
判断能力が低下した認知症患者は、上述のようにお金の管理ができず、詐欺に合ったり不当な契約をさせられる場合があります。
後見人は、不利な立場にならないように判断能力が低下した方に代わって代理人が法律行為を行います。
成年後見制度の注意点
成年後見制度は、後見人を決定することで認知症患者を保護しますが、決定する際にはいくつか注意が必要です。
では、成年後見制度における注意点を詳しくみていきましょう。
費用がかかる
成年後見制度を利用する際には費用が発生します。
認知症患者に代わって法律行為を行う後見人に対しては、報酬を支払う必要があるためです。
法定後見人の報酬は家庭裁判所が決め、相場は月額およそ3万円です。
また、法定後見人は家族だけでなく司法書士や弁護士が選定される場合があり、その際には費用が変動します。
一方、任意後見人は本人と後見人で報酬の金額を決定します。
成年後見制度は、報酬だけでなく、申立にも費用がかかります。
申立とは成年後見制度を利用するための手続きであり、申立手数料、登記手数料、公正証書作成の手数料などが発生します。
以下は、法定後見人と任意後見人の申立に必要な費用です。
法定後見人
手数料 | 後見 | 保佐 | 補助 |
申立手数料 | 800円 | 800円 | 800円 |
登記手数料 | 2,600円 | 2,600円 | 2,600円 |
任意後見人
手数料 | 金額 |
公正証書作成の基本手数料 | 11,000円 |
登記嘱託手数料 | 1,400円 |
登記所に納付する印紙代 | 2,600円 |
上述の手数料に加えて、判断能力を医学的に確認するための鑑定料も必要であり、およそ10万円以下の費用が必要になります。
申立ができる人が限られる
成年後見制度の申立ができる人は、本人、配偶者、4親等内の親族、成年後見人等、任意後見人、任意後見受任者、成年後見監督人等、市区町村長、検察官に限られています。
なお、4親等内の親族とは、以下に該当する人です。
- 親
- 祖父母
- 曾祖父母
- 子
- 孫
- ひ孫
- 兄弟姉妹
- おじ
- おば
- 甥姪
- いとこ
- 配偶者の親・祖父母・曾祖父母・子・孫・ひ孫
- 配偶者の兄弟姉妹・おじ・おば・甥姪
後見人に「できること」と「できないこと」
後見人に選定された人は、本人に代わって民法第13条第1項で定められている以下の行為が行えます。
- 不動産の管理や処分
- 訴訟行為
- 相続の手続き
- 預貯金の管理契約
- 介護保険や介護サービスの契約
一方、後見人にできない行為もあります。
以下の行為は本人の意思が必要であるため後見人が代わりにすることはできません。
- 日用品の購入の取り消し
- 本人の居住場所の指定
- 介護などの事実行為
- 婚姻や遺言など身分上の行為
- 医療行為の同意
- 身元保証人や身元引受人など被後見人の保証人になること
認知症の家族の金銭管理をする場合に注意すべきこと
認知症を発症した場合、お金の管理において浪費やお金の紛失を防止するために、認知症患者の家族の協力も必要になります。
ただし、認知症患者の家族がお金の管理をすべて行うとかえって認知症患者とトラブルに繋がることも考えられます。
家族がお金の管理をする場合は、以下の3点に注意することが有用と考えられます。
- 無理やりお金や財布を没収しない
- 頭ごなしに否定しない
- 放置するのはNG
では、それぞれの注意点について詳しく解説します。
無理やりお金や財布を没収しない
お金の管理における注意点の1点目は、無理やりお金や財布を没収しないことです。
お金への執着が強い人や、親が自分の子どもにお金の管理をされるのを嫌がる人に対して無理やりお金や財布を没収すると、トラブルが起きる可能性があります。
認知症の状態がひどくて1人で管理できない状態を除いては、「一定額の金額を使う場合は家族に報告する」「毎月使える金額を決めておく」など、認知症患者にも一定のお金の管理をする権利を与えることも有用とされています。
頭ごなしに否定しない
続いて、頭ごなしに否定しないことも重要です。
認知症患者は判断能力や記憶力が低下するため、浪費をしたり通帳の場所がわからなくなることがありますが、まずは話を聞く姿勢を持つことが有用と考えられます。
認知症患者の家族は、認知症に対して理解を示すことも必要です。
頭ごなしに否定するのではなく、話を聞き、一緒に解決方法を考える、専門家に相談などをしてみてはいかがでしょうか。
放置するのはNG
お金の管理における注意点の3点目は、放置しないことです。
認知症患者1人にお金の管理を任せると、借金を抱えたり詐欺にあったりする可能性もあります。
お金は認知症患者とその家族で管理し、認知症患者が必要以上に浪費しない工夫をすることが大切です。
また、必要であれば家族同士でお金の管理だけでなく介護や成年後見制度の申立などについても決めておきましょう。
成年後見制度以外での金銭管理方法
成年後見制度のほかに、認知症患者を保護するサービスは存在します。
その1つが家族信託です。
家族信託とは、認知症患者の資産を家族が代わりに管理や処分を行う財産管理の方法です。
成年後見制度では、認知症を発症してから後見人に法律行為を任せられますが、家族信託は認知症を発症する前から財産管理を任せることができ、財産管理をする家族に報酬を支払う必要がありません。
ただし、家族信託を専門とする弁護士や司法書士が少なく、相談する先が少ないという注意点もあります。
もうひとつの管理方法は、日常生活自立支援事業です。
日常生活自立支援事業とは、都道府県や指定都市社会福祉協議会が実施主体となって、判断能力が不十分な方が自立した生活を送るために行うサービスの援助です。
日常生活自立支援事業では、預金の預け入れや払い戻し、年金の手続き、税金や社会保険料などの支払いなどお金の管理を任せることができます。
お金の管理だけでなく、福祉サービスの情報提供や重要書類の預かりなどの援助サービスも利用できます。
ただし、日常生活自立支援事業を利用するためには、利用者が日常生活自立支援事業の契約内容を判断できる能力を持っている必要があります。
認知症にかかる費用
認知症を発症した場合、お金の管理だけでなく、介護費や医療費などの経済的負担も問題になります。
たとえば、在宅介護を行う場合は1人あたり平均5万円/月の費用がかかるといわれています。
5万円の費用のうち、訪問介護にかかる費用やバリアフリーのための住宅修繕費など介護保険サービスにかかる費用が16,000円、おむつ代や通院費などの医療代などの介護保険サービス以外の費用が34,000円を占めています。(*1)
(*1:介護保険サービスは40歳以上から受けられる社会保険制度です。介護費用の自己負担は基本的に1割となっており、所得の多い方は2割もしくは3割負担となります。)
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認知症にまつわる「お金」の準備は入念に
認知症を発症すると、記憶力や判断能力が低下し、「お金や通帳の場所を忘れる」「お金を支払ったことを忘れる」などさまざまなトラブルが発生します。
そんな認知症のお金の管理は、成年後見制度や家族信託、日常生活自立支援事業などを利用することで家族や後見人が代わりに管理することもできます。
また、認知症保険に加入することで、医療費や介護費などの認知症にかかる費用にも備えられます。認知症は誰でも発症する可能性があり、他人事ではありません。
認知症に備えるために、お金の管理方法を決めたり、認知症の費用への備えをするなど、入念に準備しておきましょう。
※本記事で記載されている認知症に関する内容は、専門家によって見解が異なることがあります。